ワインの生産者側になって感じることはありますか？
そうですね。ワイン造りの苦労は尋常じゃないと実感しています。100％自社畑のぶどうでワインを造っているのですが、悪天候や病害などでぶどう畑が被害にあった時は、何年間もかけて日々重ねてきた仕事が、一瞬のうちに水の泡になってしまいます。
昨年、ワイナリーの近くで大きな山火事があったのですが、風向きによってはグリフォイのぶどう畑全焼のリスクもあり、夜も眠れませんでした。いよいよ明日収穫だ！という前日に雹（ひょう）が降り、ほとんどダメになってしまった年もあったんですよ。
ぶどうを育てること自体もすごく大変ですね。グリフォイ・デクララでは、高品質なワイン造りを目指しているので、植栽してからワイン用に収穫するまで最低でも10年、ワインによっては20年は待つので、畑は本当に宝物のように感じます。1年サイクルの仕事とは違う100年以上前から代々受け継がれてきた仕事であることの尊さを痛感しました。
その経験からグリフォイ・デクララをはじめ、こだわりの生産者に対して、より深いリスペクトが生まれましたし、つくり手の想いや魅力を、日本の皆さまに伝えていくのが私の役割なんだと思っています。
グリフォイの葡萄はオーガニック栽培ですか？
はい。グリフォイ・デクララの畑では、農薬や除草剤をいっさい使わない、有機栽培をしています。エルモラール村に住んで「オーガニック」の見方が随分変わりました。今までは自分たちの健康のことだけを思ってオーガニック野菜やワインを選んでいましたが、オーガニック栽培は、人の身体に優しいだけじゃなく、自分たちの住む地域の動植物や環境と共存するために、とても大切なことなのだということに、改めて気づいたのです。
農薬を使うとそこに住んでいる生物が死に、それまであった自然環境を壊してしまいます。無農薬栽培ってものすごく手間も人手もかかる上に、ぶどうの収量も激減します。ケミカルな栽培をすることで収量を増やすこともできますが、環境に負担をかける選択はありえませんでした。
こんな話を聞いたんですよ。ロジェールがまだ小さかった頃、通りがかったあるぶどう畑で沢山の小鳥が死んでいたのを見て、父親に尋ねたそうです。農薬が原因ということを知り、「僕たちの畑では、絶対に農薬や除草剤は使わない」と幼心に誓ったそうです。
プリオラートで初めて、農薬を使わずに害虫を退治する”セクシャル・コンフュージョン※1“を導入したのもロジェールの決断なんですよ。
特にグリフォイ・デクララのあるプリオラートは、急斜面が特徴で、機械化も難しいほどの険しい産地なので、ものすごい 重労働ですが、自然に最大限の敬意を払うロジェールの姿勢を尊敬しています。そして、サスティナビリティな農業の大切さを強く感じています。
※1: 畑から害虫（蝶）を追い出すのに使われる、オーガニックの害虫対策。蝶が畑で卵を産むとブドウに害を与えるため、メスのフェロモンが含有された赤いリボンをブドウの木３株ごとに結ぶことで、オスを撹乱させ、殺さず畑から退治する。毎年春に結び変える。
郁美さんが今後やっていきたいことはありますか？
はい。1つ目は、これからも日本とスペインを繋ぐ架け橋を目指して、上質なスペインワインや食の魅力をお届けしながら、スペインワインを通じて皆さんが繋がる幸せな「場」を作っていきたいですね。
2つ目は、エルモラール村の村おこしです。エルモラール村は人口300人程の小さな村ですが、高齢化が進み、村の存続も難しくなってきています。
村長でもある ロジェールは、「ぶどうとオリーブとアーモンドで村を元気に」をスローガンに掲げ、農業で村を活気づけようと頑張っています。愛する故郷の原風景を守ろうとする彼の夢に心打たれてから、私の目標の一つになりました。
今、日本でもそれを理解して応援してくださる方たちが沢山いて、励みになっていますし、本当に感謝しています。
原田郁美
山口県生まれ。WSET ® Level 3（英国政府認定）資格保持
スペインワインと食協会 共同代表 (AGE-Japón)
広告代理店でデザイナーとして勤務後、渡西。3年間のバルセロナ生活でスペインワインと食の魅力に取り憑かれる。「日本とスペインをつなぐ架け橋」を目指し独立、スペインワイン生産者の日本市場進出サポートを行う。2011年「スペインワインと食協会」設立。2012年スペインに移住。スペイン産ワインと食品に特化したコーディネート・プロモーションを行う「プエンテ（架け橋）サービス」を提供している。
プエンテHP
https://puente-japon.com/
INSTAGRAM https://www.instagram.com/ikumiharada_priorat/