私にとって居心地の良い空間作り。ポタジェ式農園「さなえヒルズ」主宰 中村可奈

アパレル業界から「さなえヒルズ」へ

では、以前は別の仕事をしていたのですか?

そうです!以前はアパレルの仕事をしていました。美大と服飾の学校を卒業し、服のデザインやパターンの仕事をした後、20代後半では、ずっと挑戦してみたかったパリへの留学も果たし、3年近くパリに住んでいました。帰国後は大手百貨店のファッションコーディネーターとして働いていたんです。

全く違う仕事ですね。アパレルの仕事を辞めることに心残りはなかったのですか?

当時、アパレルの仕事を傍ら、自分でジュエリーを作っていたんです。小さなブランドですが、販売もしていて。農業を始めた時はジュエリー制作も並行して続けていたんです。ジュエリー制作を続けたおかげで、一気に農業に方向転換した気分にはならず、そんなに心残りに思うことはなかったですね。

ただ、友人とやり取りしている時には少し落ち込むことも。私の周囲はアパレル関係者が多いので、朝、みんなでラインのやりとりをしている中で、みんなは青山や渋谷などオシャレな場所に出勤していくんです。そんな様子を見ると、「私は武蔵野の畑に出勤か~」と、気持ちが下がる笑。
畑に通い続ける為に、せめてテンションの上がる名前でもつけようと、この場所を「さなえヒルズ」と命名したのが、この名前の始まり。
「さなえ」は私が飼っている愛猫の名前。「ヒルズ」はもちろん、六本木ヒルズ、表参道ヒルズの「ヒルズ」ですよ笑。ヒルズって丘って意味ですから、武蔵野の土地の様子を表現している印象もあって、ぴったりだなと思ってます。

それ以来、「さなえヒルズ」が定着して、商品にも「SANAE HILLS」の名を載せています。ロゴを作ってパッケージをデザインしてみたり、販売時に簡単な料理レシピも付けてみたりと、商品の売り方には少しずつ工夫を重ねているんです。
こんな風に販売しているところはあまりないので、他の農家さんも、「それ、いいね」って声掛けてくれて。最初は農家の知り合いがいなかったのですが、そんな風に顔見知りになり、話がでいるようになって、だんだんと情報交換できる関係を築けるように。畑を見学させてもらったり、アドバイスをくれたり、仲良くできる方が増えて嬉しいですね。

農業はクリエイティブな仕事

ジュエリーの仕事は今も続けているんですか?

いいえ。農業を始めて一年くらい経った頃からジュエリーよりも農業の方が面白くなっちゃったんです。農業をやり続けていくうちに、これはすごくクリエイティブな仕事だなってことに気づいたんです。服を作ることも、作物を育てることも、自分にとって居心地の良い空間に整えることも、全部同じなんだなと思うように。

今は、農地のレイアウトやパーテーションのデザインを考えるのがとても楽しくなって、お風呂に入りながらも、あそこをこうして、ああして、と考えてしまう。それが本当に楽しいんです。いつかあの木は切ろうかな。切ったら、その幹をあそこのパーテーションに使おう、とか。一年中、可愛く、賑やかな場所にするには何を植えたらいいかな、とか。
今は一日中畑にいても全然苦じゃなくて、むしろ毎日が楽しすぎてどうしようと思っているくらいです。

最初から今のような素敵な農園を作ろうと思っていたんですか?

いえいえ。最初は何の知識も情報もなくて。父が亡くなってから農業を始めたので、誰かに教わることもほとんどありませんでしたし、まずは、父が使っていた農地にそのままラディッシュから植えてみたんです。ラディッシュって育てやすい作物なんですが、最初はそれすら上手く育てられなくて。こんなのも育てられないんだなと情けなくなることがしょっちゅうだったんです。

色々と試行錯誤したり、情報を集めている時に、インスタでフランスのポタジェ(家庭菜園)などの存在を知ったんです。ちゃんと作物が収穫できて、且つ、見た目にも美しい農園の画像をみていたら、ポタジェの魅力にはまってしまって。せっかく一人でやっているんだから型にはめず、自分の好きなように自由に農業をやろうと決めました。それから、農業がものすごく楽しくなっていったんです。

ポタジェでは、コンパニオンプランツといって、相性のいい作物を一緒に植え生長を助け合う農法がよく使われますが、そうすることで農薬がなくても育ちやすくなったりするので、作物同士の相性を知っていくのも楽しいんです。あとは、苗で育てることに慣れたら、タネから育てることに挑戦していて、発芽した時は本当に嬉しくなりますね。